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広報誌「ほうてらす」インタビュー

広報誌「ほうてらす」Vol.19 冬号  インタビュー

5年のブランクと病気を乗り越え、夢の舞台オリンピックに挑戦!

聞き手 法テラス 第一事業部 部長 佐々木 文

水泳選手 萩原智子さんのインタビュー風景
人の心を動かすスポーツ その魅力を原動力に
佐々木
萩原さんの愛称は「ハギトモ」さんとのことなので、私もそう呼ばせていただきますが、そもそもハギトモさんが水泳を始められたきっかけは?
萩原
小学校2年生の夏、家族で行った和歌山の海で、浮輪が外れて溺れかけたことがあったんです。その時、怖いというより、なぜか泳げるようになりたいと思ったんですね。それで早速、2学期からスイミングスクールに通い始めました。私、小学校の頃から怖いくらい大きくて(笑)、小6で170センチ。そのこともあってコーチの目に止まり、気が付いたら選手コースにいました。水泳って我慢比べのようなところがあり、一度ばーんとタイムが伸びた後、もう一つ上に行くのが難しい。私もコンマ2秒縮めるのに4年かかり、すごく苦しみました。
佐々木
そこで踏ん張れた原動力は何だったんでしょう。
萩原
人との出会いですね。コーチや家族、学校の先生や仲間、本当に恵まれたと思います。
佐々木
これまでの選手生活で一番印象に残っていることは何ですか。
萩原
2000年のシドニーオリンピックです。100メートル自由形を溺れたみたいに泳いでいた選手を覚えていらしゃいますか。赤道ギニアのエリック・ムサンバニ選手で、彼の泳ぎを見て、観客は最初、余興だと思ったんですよ。でも、残り50メートルとなった時に競技であることが分かり、そこからは会場中が総立ちで応援、世界新記録が出るぐらいの盛り上がりでした。私もすごく感動して涙が出て、いろんな国の人の心を一つにできるスポーツって、やっぱりいいなと思いました。
佐々木
私が思うに、ハギトモさんが皆に勇気を与えているのは、引退後また復帰されたことも大きいと思うのですが。
萩原
皆さんそうおっしゃってくださるんですよね、「その歳でよくぞ」とかね(笑)。引退を決めた時は、もうやり残したことはないと思ったので、涙も出ませんでした。
佐々木
けれども、また競技への復帰を決意なさった。それはどうして?
萩原
取材で行った北京オリンピックの開会式、オリンピックのマークが光り輝いて浮かび上がってくるのを見た時、もう一度この舞台に立てるよう頑張りたいと思ったからです。シドニーの時は20歳。メダリスト候補と注目されましたが、その評判に心も体もついていけませんでした。今度こそ地に足をつけ、しっかり舞台を踏みしめたいと。
病気を克服して、再び立つ ロンドンへのスタート台
佐々木
そうやってオリンピックに向けて頑張っている矢先に病気をされたとか。
萩原
そうなんですよ。以前から月経時に頭痛や腹痛に悩まされていたのですが、去年の3月、本当に具合が悪くなり病院に行ったら、卵巣嚢腫と子宮内膜症を併発していると。ある病院では「妊娠できないかもしれない」と言われ、「もうダメだ、水泳を止めよう」と思いました。ところが夫が「水泳もできるし、子供のこともしっかり考えられる選択肢を探そう」と、いろんな病院を探してくれたんです。3軒目に訪ねた病院の先生が、「手術をすれば泳げるし、子どももできるから大丈夫」ときっぱり言ってくださったので、お任せすることにしました。4月に手術をし、6月中旬から泳ぎ始めたのですが、最初はぜんぜんダメで、本当に間に合うのかと焦りました。手術前は6000とか8000メートル泳いでいたのが、まずはウォーキングから、泳ぐのも1日400メートルとか。
佐々木
今は大丈夫ですか?
萩原
ええ、絶好調(笑)! この間も4種目に出場し、2日間で予選・決勝で8レース泳いだのですが、「若い」って思いましたね、自分が(笑)。皆にも「智子さん、若いですね」って言われ、「でしょ!」って。競泳女子では31歳の私が一番年上。だから、「皆、もっと頑張れるでしょ」ってハッパをかけているんです。
スポーツと法律 ともに公正なルールで
佐々木
ところで、スポーツと法律はあまり関係ないと思われがちですが、法律の分野でスポーツが一番乗りという事例があります。ADR(裁判外紛争解決手続)に、法務大臣による認証制度というものがあって、その認証取得の第一号が「日本スポーツ仲裁機構」なんです。
萩原
はい、千葉すずさんの件がきっかけで設立された機関ですね。千葉さんが選手選考について問題提起してくださったおかげで、今の私たちの選考基準がとてもクリアになりました。競技会で1位2位になり標準記録を突破した人が選ばれる。優勝しても突破できなければダメ。確かに基準は厳しくなりましたが、すごくスッキリしました。
佐々木
公正なルールだからスッキリするんですね。法テラスも、法という公正なルールで世の中を照らすために作られました。ハギトモさんご自身は、法律について、どのような印象をお持ちですか。
萩原
何か問題あって困った時に初めて考えるというか、弁護士事務所に相談に行くのでしょうか。自分の身に振りかからないと、なかなか実感できないかもしれません。
佐々木
そうですね。でも、いきなり弁護士事務所に行くのはちょっと不安という方もいらっしゃるでしょう。そんな時にこそ、無料・匿名で相談のできる法テラスに電話をかけていただきたいんです。無料の法律相談や弁護士費用を立て替える制度もあります。
萩原
それは、すごくいいですね。知らないなんて、もったいない気がします。もっともっと法テラスの存在をPRしてください。
佐々木
ありがとうございます。法律の世界がもっと身近になるよう努めます。ハギトモさんも夢に向かって頑張ってください、応援しています。

水泳選手
萩原智子さん

山梨県出身。山梨学院大学職員。「ハギトモ」の愛称で親しまれる。2000年シドニー五輪200m背泳ぎ4位入賞。04年に引退するが、09年6月競泳選手として現役復帰。10年アジア大会では、400mフリーリレーの一員として日本記録樹立に貢献。短水路での自由形50m、個人メドレー100mの日本記録保持者でもある。
ゲスト:水泳選手 萩原智子さん


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