
【SBS控訴審 無罪判決のご報告】
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法テラス多摩法律事務所 村井 宏彰(61期) 2021年5月28日、第1審に引き続き、控訴審でも無罪判決が出されました。 この事件の弁護人を務めた村井宏彰弁護士(61期・法テラス多摩法律事務所所属)が、 現在の心境を語ってくれました。 *記事の内容は、掲載当時のものとなります。 |
彼は、亡くなった娘さんのことを本当に大事にしていて、愛していたのです。
娘さんは、生後1か月になったばかりでした。
家庭も円満でした。
娘さんが急変したその日も、彼と奥さんと娘さんと、家族3人で初めてのお出かけ。
帰宅後も、まったりと幸せな時間を過ごしていました。
そんな彼が、突如として豹変して、ベビーベッドに寝ている娘さんを持ち上げ、暴力的に揺さぶる。
そんなきっかけも動機も、何一つ見当たりません。
冷静に、常識的に考えれば明らかなことです。
それが、娘さんの3つの症状(急性硬膜下血腫、脳浮腫、眼底出血)から、「暴力的な揺さぶりが原因に間違いない」とされてしまいました。
結果から原因を1つに特定するその「SBS理論」は、医学界にも法曹界にも大いに争いがあります。
彼が暴力的に揺さぶりをしたとしたら疑問に思われる事実は、きっかけや動機がないこと以外にも複数あったのです。
例えば、急変前後で娘さんがベビーベッドで寝ていた位置がまったく変わっていなかったことです。
奥さんも、「彼は絶対にやっていない」と繰り返し説明しました。
それなのに警視庁捜査一課の取調官は、逮捕した彼に対して「専門の医者が言っているんだ!」と怒鳴り、暴力的揺さぶりをしたと決めつけ、私たちの想像を絶する取調べを20日以上の間、たったの1日の休みもなく続けたのです。
彼が娘さんを救おうと、我を忘れ必死になって心臓マッサージを続けたことすら「不自然不合理だ」と断じられました。
そんなことが許されていいのでしょうか?
許されていいはずがありません。
彼は、本当によく耐えてくれました。
坂根先生と私のことを100%信頼してくれました。
私たち弁護人は、彼のために、難解な医学に立ち向かわなくてはなりませんでした。
弁護人が、話を聞いてくださる医師を見つけるだけで大きな負担です。
自分たちでも、医学的な知識や専門用語を一から勉強しなければなりません。
振り返れば、本当に大変でした。
苦労のかいあり、裁判員裁判による第一審は、無罪の判決を出してくれました。
それなのに、検察官が控訴。
提出された控訴趣意書を見て、公益の代表者とは何たるものかと失望したものです。
高裁判決は、控訴審での検察官の主張について「主張自体失当」等という強い表現で繰り返し厳しく糾弾したうえ、「一審判決は常識的」と評価してくれました。
そのうえで、SBS理論についても、こう書いてくれました。
「そもそも、一定の原因があれば、ある結果が生じるとしても、他の原因で同じ結果が生じる可能性がある限り、原因と結果を逆転させて、その結果があれば当該原因があったと当然に推認できるわけではない。
この構造は、一個の原因から三つの結果が生じる場合でも基本的には変わらないのであって、揺さぶる暴行により三つの症状が生ずる機序を合理的に説明することが可能であるとしても、それらの症状が他の原因によって生じ得る合理的な可能性が排除できない限り、前記三つの症状が存在すれば、それらの症状から遡って、一個の原因として揺さぶる暴行があったものと直ちに推認できるわけではない。
前記三つの症状がたまたま併存したとするのは「医学的に」不合理であるとして一個の原因によることを前提とする所論は、前記のような論理的な構造をあいまいにし、他にそれらの症状が生じた原因が合理的に考えられないことに関する検察官の立証責任を看過するものである。」
私たちが長年待ち望んだ指摘でした。
彼の信頼に応えることができ、本当によかったです。
児童虐待は絶対に許されません。
このことは、誰にも異論がありません。
冤罪も、絶対に許されません。
このことも、誰にも異論がないでしょう。
彼が刑事事件の被疑者・被告人という立場から解放するのに、4年以上の時間がかかりました。
こんなことは誰にも起きてほしくありません。
公開日:2021.6.11